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夜回り先生こと水谷 修さんが鬱病では?と噂に

夜回り先生こと、水谷修さんが、
23日に自身のブログで突然の悲しい、
疲れましたと鬱病ではないかと思われるコメントを発表しました。

ネットでは、鬱病ではないか?といった噂も出ています。

夜回り先生、水谷修さんが鬱病?

水谷修さんのオフィシャルサイトでは、突然のコメントが記載されました。

私に相談している人の何人が私の本を読んでくれているのか。
誰かから聞いて私に相談。
でも、それは哀しい。
ただひたすら続く何百本の日々の相談。
私の本を読んでくれればそこに答えが。

疲れました。

さようなら。
哀しいけど
さようなら。
もう、疲れました。
これで、このホームページは閉じます。
さようなら。

親身になって相談に乗っていた水谷修さんに一体何があったのでしょうか?

夜回り先生、水谷修さんとは?

夜回り先生といえば、いじめや家庭問題、
虐待で悩んでいる子を救いたいという気持ちで、
夜な夜な街に赴き、子供の悩みを聞いている先生として、有名になりました。

覚醒剤やシンナーなどに溺れる子どもを救いたいとして、
薬物問題にも積極的に向き合っており、
2003年には、東京都脱法ドラッグ対策委員会委員に就任しています。

2013年3月には、胃がんが発覚し、2時間に渡るがんの摘出手術を行っており、
一週間後には、入院中でありながら、手術跡に止血のクリップをしたまま、
講演に挑むなど、精力的に活動をしていました。

2014年には、腸でもがんが発生したのか手術しています。
2017年出版の著書である「どこまでも生きぬいて 夜回り先生50のヒント」
では、度重なる手術で、体が疲弊していること、仕事が徐々に
できなくなってきている事を明かしています。

夜回り先生こと、水谷修さんの経歴

  • 1956年 横浜市保土ヶ谷区に生まれる
  • 1959年 – 1969年 山形県南陽市漆山で過ごす
  • 1972年 神奈川県立横浜翠嵐高等学校入学
  • 1975年 上智大学文学部哲学科入学
  • 1983年 横浜市立上菅田養護学校高等部教諭に就任
  • 1988年 横浜市立金沢高等学校社会科教諭に転任
  • 1992年 横浜市立港高等学校社会科教諭に転任
  • 1998年 横浜市立戸塚高等学校定時制社会科教諭に転任
  • 2003年4月 東京都脱法ドラッグ対策委員会委員に就任
  • 2004年4月 横浜市立横浜総合高等学校社会科教諭に転任
  • 2004年9月 横浜市立横浜総合高等学校を退職、水谷青少年問題研究所所長
  • 2008年4月 花園大学社会福祉学部臨床心理学科客員教授に就任
  • 2008年9月 関西大学客員教授に就任
  • 2010年 大阪経済大学客員教授

夜回り先生、水谷修さんの名言

夜回り先生の水谷修さんの名言には、愛が溢れており、共感する方も多いです。
一部を紹介します。

  • 「もし花を咲かせることなく、しぼんだり枯れたりする子どもがいれば、それはまぎれもなく大人のせいであり、子どもはその被害者だ」
  • 「もうがんばらなくていいんだよ。もう十分がんばりました。ゆっくり休もう。そしてゆっくり待とう。明日は自然にやってきます」
  • 死を語る人へ、死を意識している人へのお願いです。 死は、人に語るものではありません。 死は、考えるだけ無意味です。人は必ず死にます。死は、自然に受け入れるものです。生きて生きて生き抜いて、死を迎えるべきものです。 過去や今も同じです。語るものではありません。語ってもどうしようもない。すべてを、過去も今も受け入れましょう。いいんだよと・・・。そして、明日をここで考えましょう。
  • かつて、「子どもは、十褒めて一叱れ」という名言があった。これを実践している保護者や教師はどのぐらいいるだろうか。せめてひと言だけでいいから、身近にいる子どもに、愛のある優しい言葉をかけてあげてほしい

夜回り先生、水谷修さんが鬱病?に対するネットの反応

https://twitter.com/nakanaideneru/status/1164197056744787969

 

夜回り先生、水谷修さんが鬱病になった原因を推測

夜回り先生こと水谷修さんが鬱病になってしまった原因は、なんだったのでしょうか?

高校教諭時代には、数少ない人数の生徒や子どもの相談に乗っていたため、
子どもたちが、元気に立ち直ってゆく姿を得て、相談に乗っている間の気苦労や
ストレスが軽減されていたと思われます。

夜回り先生として、有名になり、さらに多数の子どもたちを助けたいと
思い、実際に体験したこと、解決した内容を本に執筆したものの、
本当に悩んでいる子は、本を読んで自己解決よりも、
他者に相談したいというのが、本音かもしれません。

本来、水谷修さんの相談によって、
救われていた子どもと共に、水谷修さん自身が報われていたのかもしれません。
多数の著書を出版していたのも、自身の成果を確認することができていたはずです。

しかし、オフィシャルサイトのコメントにあるように、

私に相談している人の何人が私の本を読んでくれているのか。
誰かから聞いて私に相談。
でも、それは哀しい。
ただひたすら続く何百本の日々の相談。
私の本を読んでくれればそこに答えが。

疲れました。

実際はオフィシャルサイトからの相談件数が多く手が負えなくなってきたこと、
いくら相談に乗っても、ネット上での相談では、成果が見えず、
終わりのないトンネルを進んでいる状態になってしまったと思われます。

そのため、子どもからしたら、唯一の相談ですが、
多数の相談に乗っている水谷修さんにとっては、
同じような質問の数々になってしまったと思われます。

また、すべて無料で相談を受け付けていたため、
逆ギレや一方的な文句等もあったと推測され、
この積み重ねで水谷修さん自身が鬱病になってしまったと思われます。

水谷修さん自身の体調が良くない今、
ゆっくり休養し、元気になってもらいたいですね。